2017年08月19日

オールナイトニッポン50年 黄金期プロデューサーが語る「タモリ伝説」

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1967年、深夜ラジオの世界に革命が起きた。
それまで大人向けにお色気番組を流していた時間帯に、次々と若者向けの番組が始まったのである。
その一つがニッポン放送の『オールナイトニッポン』(以下、『ANN』)だ。
数々の才能を発掘し、情報の発信源として時代を牽引してきた『ANN』が、今年10月で50周年を迎える。
そこで、70〜80年代に黄金時代の『ANN』のプロデューサーを務めた近衛正通さんにお話を伺った。

近衛さんは、タモリ・たけし・さんまのBIG3を『ANN』に起用した張本人でもある。
あの時代の深夜ラジオに何が起きていたのか。
第1回はジャズつながりで“発掘”したタモリの伝説を、秘話満載で語っていただいた。

◆面白いこと言ってもまわりに笑ってくれる人がいない、が放送の原点

―― 『ANN』が始まったのは、近衛さんが入社する半年前なんですね。近衛さんが『ANN』を担当したのは、いつからですか?

近衛 僕は1976年からですね。会社に入ってしばらくは放送技術部で夜の番組送り出しをやっていました。番組テープの再生送り出しをする仕事です。
当時は今みたいに生放送があまりなくて、ほとんどテープだった。夜6時から深夜1時まで、それから朝5時から10時までが自分の担当時間でした。

―― ちょうど『ANN』放送中が休憩時間だったんですね。

近衛 その時間は仮眠をとっていいんです。ちゃんと仮眠室もあってね。でも、会社に入ってすぐの頃だから、興奮していて眠れないんですよ。それで、『ANN』のスタジオを覗きに行きました。

―― スタジオはどんな雰囲気でしたか?

近衛 僕が覚えているのは、金魚鉢の中にパーソナリティが一人だけいる風景ですね。金魚鉢というのは、ラジオブースのことです。外ではディレクターがキュー出したり、コマーシャル出したりしてる。スタジオの中にいるのは、この二人だけなんです。

―― たった二人だけ!  今の賑やかなスタジオとは全然違うんですね。

近衛 今考えると淋しいって思うけど、全然淋しくないんですよ。面白いこと言ってもまわりに笑ってくれる人がいない。
でも僕はね、周りが笑っちゃうと、喋り手の送り出すパワーが10分の1くらいに下がってしまうと思ってるんです。
リスナーに向かって放送しているんだから、人はなるべく少ない方がいい。二人でやるっていうのは、まさに放送の原点だと思う。

―― なるほど、入社してすぐに放送の原点に触れたわけですね。その頃の『ANN』は、パーソナリティがアナウンサーの時代ですよね。

近衛 アナウンサーだけじゃないんですよ。元々、『ANN』は社員が喋るということが基本でした。制作部の人間もみんな、一度はオーディションさせられています。
「ちょっとお前、15分ディスクジョッキーやれ」ってね。そんな社員が回してた時代が終わって、1973年からパーソナリティがタレントの時代になります。
「ケーシー高峰さんみたいな人?」って聞いたら「違う」

―― パーソナリティは、どうやって探したんですか?

近衛 ちょうどその頃、フォークブームだったんですよ。
僕の先輩プロデューサーは、「フォークの人は喋りがうまいからみんないいよ」って言っていました。
彼らは、歌だけじゃなくてステージでよく喋るから、うまい人が多いんです。
それで、『ANN』で最初に起用したのが泉谷しげるさん。
その後の吉田拓郎さんとかイルカさんにしても、この頃のデビューですよ。
『ANN』の歴史の中でも、フォークの時代というのが2、3年あった気がします。

―― そして1976年からは近衛さんの活躍される時代になるわけですが、何といってもまずはタモリさんを起用されたお話をお聞きしたいです。

近衛 現場にいると、いろんな繋がりが生まれてくるんですよ。
成功することも失敗することもあるんだけど、流れの中で全部繋がっている。
タモリさんで言えば、高信太郎さんの存在が大きい。

――高さんは漫画家でありながら、演芸評論家としてもテレビに出られてた方ですよね。

近衛 1975年の夏に高さんの『ANN』をやったんですよ。
僕も手伝っていたから、高さんと仲良くなったんです。
それで番組が終わって雑談してるとき、「最近なんか面白いことありました?」って聞いたら、「いやね、面白い人がいるんだよ」って言うわけですよ。
「何が面白いの?」「韓国語とか中国語のモノマネをするんですよ」。
当時はね、ケーシー高峰さんが英語をいい加減に喋って受けていた。
だから、「ケーシー高峰さんみたいな人?」って聞いたら「違う」と。
「とにかくデタラメなんだけど、ベトナム人と中国人の喧嘩なんかを面白くやるんだよ。
俺の行ってる新宿の飲み屋に夜な夜な来るんだ」

―― 新宿の飲み屋というのは、赤塚不二夫さんとタモリさんの出会いの場でもある、伝説の「ジャックの豆の木」ですね!

近衛 そうです。それで、九州から出てきたばっかりだって言うから、「あいつかな?」って思ったんですよ。

―― えっ、それだけでもうピンと来たんですか?

近衛 タモリさんは、早稲田大学の一年後輩で、同じモダンジャズ研究会で一緒でした。
そのとき、タモリさんが司会をやったことがあるんですが、これがなかなか面白かった。
卒業後も年賀状ぐらいは毎年交換していたんです。
だから、高さんに「その人、早稲田の人じゃありません?」と言ったら、「そうそう」ってなった。
「森田っていいません?」「そうそうそう」。
それでもう間違いない。
「連絡とれるの?」って聞いたら、「今は赤塚不二夫さんの家に居候してる」と言うので、次の日に電話したら、本人が出てきた。それで会社に来てもらいました。
「あなたの熱烈な中国人のファンがいて、サインが欲しいって言ってる」

―― まさかの再会ですね。

近衛 ちょうど高さんの『ANN』の翌週ゲストがアグネス・チャンだったんです。そこでぶっつけでタモリさんに電話してもらおうと思いついた。デタラメの中国語でアグネスと会話させたらどうなるかなって。それ以上は深く考えてない。アグネスには、「あなたの熱烈な中国人のファンがいて、どうしてもスタジオに来てサインが欲しいって言ってる。来るのは断ったけど、電話で話だけしてやってほしい」と言ってね。

―― 二人は会話できたんですか?

近衛 成り立たないですよね。だけど、とにかくタモリさんが一方的に喋りまくるの。日本語をちょっと入れたりしてね(笑)。

―― なるほど(笑)。アグネスさんの反応はどうでした?

近衛 何なんだろうって感じだったね。しばらく経って、タモリさんがテレビに出るようになってからアグネスに話したら、笑っていましたよ。その時はちょっとびっくりしたんじゃないでしょうか。
タモリさんには、どんなときもジャズの精神が流れている

―― 高さんの『ANN』は2カ月で終わってるんですね。でも今から思うと、高さんの『ANN』がなかったら、タモリさんはなかったかもしれない?

近衛 高さんがないとタモリさんがなかったかどうかは分からないけど、高さんの『ANN』があったので、一気に盛り上がったという感じはありますね。

―― タモリさんの『ANN』は、1976年9月から7年間続いてます。すでに他のところでもお話しされていると思いますが、何か秘話はありますか?

近衛 いろいろありますが、ひとつ思い出したことを言えば、あのねのねの清水国明さんが新曲を出したことがあってね。その曲をかけてくださいって言ってきたんですよ。「みかんの心ぼし」という曲です。

―― あまり乗り気じゃなかった?(笑)

近衛 いや、ただかけるだけじゃあ面白くない。それで、タモリさんの『ANN』の生放送中に毎週電話してきてくれって言ったんですよ。曲のことは喋ってもいいけど、かけるかどうかはクイズで決めることにしようと。クイズに答えられなかったら、ライバル曲をかけることにしました。これね、2カ月ぐらい毎週やりました。絶対答えられないクイズの問題を作ってね(笑)。

―― じゃあ、清水さんは毎週電話してきたんですか?

近衛 そう。でも答えられないから、曲は流さない。こんな話題作りは好きでしたね。逆に、すごいプロモーションになったかもしれません。

―― タモリさんの凄さは、学生時代から感じられてたんですか?

近衛 たしかに何をやっても結構面白かったね。あれも学生時代なのかな。タモリさんってイグアナの真似したでしょ。それ以外にオットセイとかもやったんですよ。そのオットセイがまたうまくてね。旅館のでっかい大浴場にね、石鹸の水をワーッとまいて滑るんですよ。1回転して飛び込んでくる(笑)。

―― 笑いの才能ももちろんですけど、一方でタモリさんも近衛さんもジャズマンの一面をお持ちですよね。そのことが、番組制作に活かされたことはありましたか?

近衛 タモリさんには、どんなときもジャズの精神が流れてるんだと思います。他の人と同じことはやらないしね。それにやはり切り口が独特だったから、ジャズ的な番組になったんだと思います。
赤塚不二夫、ツービートが登壇した「中洲産業大学」夏期講座

―― 今日は貴重な資料も見せていただいてるんですが、中洲産業大学の試験問題もありますね。

近衛 これは、番組の企画でイベントとしてやったんです。

―― 架空の大学「中洲産業大学」が、夏期講座を開催するというイベントですよね。学長がタモリさんで。

近衛 本当は、早稲田でやりたかったの。中洲産業大学という看板を作って、早稲田の校門に取り付けたかった。真剣にやろうとしたんですけど、交渉しに行ったら「君は早稲田の卒業生だろう。何を考えてるんだ」って怒られて。だから高田馬場のアートスペースでやりました。

―― カリキュラム表には、「強要学部」とか「利口学部」と書かれてます(笑)。講師もタモリさんをはじめ、所ジョージさん、ツービートとすごい豪華ですよね。他にも、赤塚不二夫さんや山本晋也さんも出てて、今で言えば、サブカルの匂いのするイベントですよね。

近衛 そうですね。でも、僕はサブカルチャーっていう言葉は嫌いなんですよ。あいつはサブカルチャーだからって言い方するけど、サブカルチャーから生まれるものは大きい。だってその時代をつくる人は、前の時代になかったものをやるわけだから、精神はカルチャーそのものじゃないですか。

―― たしかにそうですね。『ANN』は、タモリさん以外にも所ジョージさんやビートたけしさんなど、時代をつくった人をたくさん「発掘」しました。
posted by 隼太郎 at 17:15 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「24時間テレビ」のマラソン騒動が重症だった! ジャニーズが断り続け、リレー形式か!?

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夏の風物詩・日本テレビ「24時間テレビ40 告白〜勇気を出して伝えよう〜」(8月26〜27日)のチャリティーマラソンランナーの選定は遅れに遅れた末に結局、まさかの当日発表となった。この決定にもっとも異論が出ているのは、実は日本テレビ内だ。幹部や24時間テレビの一部のスタッフが、すでに内定しているマラソンランナーの情報を頑なに明かさないため、局内は大混乱に陥っている。

 例年ならばとっくに発表になっているチャリティーマラソンランナーだが、今年は異例の当日発表となった。「本当ならばこんな形式を取りたくなかった。結局は 決め切れなかったから、こうなってしまった。番組サイドは亀梨和也などジャニーズのタレントが第一希望だったが、どうしてもジャニーズが首を縦に振らずに、ずるずる来てしまった。これまでに報じられたりゅうちぇるや渡部建などは本命がダメだった場合の補欠してノミネートされている。このままでは巷間言われているリレー形式が濃厚だ」と日テレ関係者。

 マンネリと言われて久しい24時間テレビ、チャリティーマラソンだが、当日発表ということでいつになく注目を集めていることは確かだ。まさに怪我の功名と言ったところだが、「いったい誰なの?」と盛り上がる“外野”と違って、内部からは不満が噴出している。

「当然、局の上層部と24時間テレビのチャリティーマラソンの関わるスタ ッフは、誰が走るのか知っています。だけど緘口令が出ているようで、局内にも一切漏れてこないのです。本当に一部の幹部とスタッフしか分からないんです。さすがにこの秘密主義に、局内が苛立っていますよ」と別の日テレ関係者。

 日テレ内の多くの関係者が腹を立てるのも無理もない。決して興味本位で知りたいわけではなく、仕事に関係してくるからだ。チャリティーマラソンを看板の一つとしている日テレは毎年、24時間テレビ当日に走る以外にも、報道・情報番組やランナーと関係が深いバラエティー番組等が密着し、盛り上げてきた。今年は当日発表のために当然、これはできないのだが、問題となっているのはいわゆる「振り返り番組」だ。翌日以降の日テレの様々な番組にランナーが出演し 、当日の模様を振り返ったりすることが恒例となっている。ランナーは日テレ内ではヒーロー・ヒロインとして手厚く扱われるのだ。

「マラソンを終えた後の“振り返り企画”が、各番組とも現状では一切進んでいないのです。それはそうですよ。誰が走るのか教えてくれないのだから、準備を進めることはできない。それでもマラソン後は何かしらの企画をやらなければならないため、関係してくる各番組のスタッフは頭を抱えていますよ」と制作会社関係者。

 いったい走るのは誰か? もっとも知りたがっているのは、日テレのスタッフたちだ。
posted by 隼太郎 at 07:00 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

古巣フジの非情 秋改編でカトパンMCクイズ番組打ち切りへ

テレビ各局の秋の番組改編情報が出回り始めた。なかでも、NHK含む在京キー局のなかで、全日、ゴールデン、プライムともに年間視聴率5位にまで落ちぶれたフジテレビは、春同様、各局の中でも改編率が高くなるともっぱらだ。せんだっても、亀山千広前社長(61)の肝いりで始めた深夜帯の情報番組「ユアタイム」(MC・市川紗椰)の打ち切りが発表されたばかりだが、19時台のテコ入れも容赦ない。

 週7のうち、金・土・日曜と勝負の3日間にメスを入れる。具体的には、MCに「報ステ」降板直後の古舘伊知郎(62)を起用した「フルタチさん」を日曜から平日金曜に移行。放送時間も2時間から1時間に縮小させる。その「フルタチさん」につまはじきにされる格好で打ち切りになるのが、医療バラエティー「その原因、Xにあり!」。MCのホンジャマカ恵俊彰(52)は長寿番組「MUSIC FAIR」の司会者としての功労をねぎらい、新たなレギュラー番組としてその座を任せたが、わずか1年で見切りをつけるようだ。

 功労者といえば、長年、看板アナだった加藤綾子(32)もそのひとり。だが、その功労者をMCに起用した土曜のクイズ番組「金の正解!銀の正解!」も店じまいになるという。

「いずれの番組も視聴率が芳しくない。GP帯にして4〜7%台をウロウロ。新社長の鶴の一声であえなく『ジ・エンド』です」(フジ関係者)

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■カトパンにとっては好都合?

 齢73、エルメス好きでロマンスグレーが似合う宮内正喜社長。どうやら不振続きのバラエティー刷新にマジのようだ。しかも、カトパンの番組に至っては、今年4月に始まったばかりで2クールで終止符を打つ。軌道に乗る前のハシゴはずしは非情にも思えるが、むしろ「カトパンにとって好都合」とは、さる芸能関係者だ。こう続ける。

「最近は日テレがカトパンの起用に意欲的で、特番だが出演が増えている。TBSに至ってはドラマでオファーをしているらしい。フリーに転向して1年半。これを契機に、フジ以外のレギュラー番組も受けやすくなるんじゃないか」

 邪険にされたら、後悔させるまでだ。
posted by 隼太郎 at 06:00 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

欅坂46の平手友梨奈“欠席“の原因は運営のブラック体質だ!

今月16日に日本ガイシホールにて行われた欅坂46全国ツアー名古屋公演にて、体調不良を理由に平手友梨奈が欠席した。

 このニュースを聞いたファンからは突然の欠席に怒る声が出ることもなく、むしろ「やっと休めたのか......」といった意見が飛び交ったわけだが、そう思わずにはいられないほど、ここ最近の平手は端から見ていても苦しくなるほど明らかに体調を崩していた。

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 今月2日、神戸ワールド記念ホールで行われた全国ツアーのライブでは、客からもはっきりとわかるほど平手は終始コンディションが悪く、表情に覇気がなく、フリ遅れや間違いも顕著だったという。
結局、ライブ途中でステージを降り、そこから先は残りのメンバーでライブを行うことになった。
曲が始まる前の静寂のなか、様子のおかしい彼女を心配したメンバーによる「てち、やばい」という声をマイクが拾うという一幕もあった。
翌3日に同会場で行われた2日目でも立っているのが限界という似たような状況で、同じように途中でステージを降りてしまっている。

 欅坂46は5日、お台場で行われたTOKYO IDOL FESTIVAL 2017にも出演。
ここにも平手は出演したが、やはり立っているのがやっとという状態。
ボサボサの髪と伸びた前髪で目を隠し、終始うつむき加減でセンターを務める人間とは思えぬほどオーラを消し去っていた。
この日のステージにはテレビ中継も入っていたため、神戸の公演よりも多くの人に平手の状況が伝わることになり、「てち大丈夫か?」との声が溢れた。

 本稿冒頭に記した日本ガイシホールのライブでは、キャプテンの菅井友香から、富士急での野外ワンマンライブ(7月22・23日)以降、平手の体調が芳しくない旨の報告がなされた。

 彼女の状況に関しては「体調不良」としか説明されていないため詳細はわからないが、その原因は二つあると思われる。

 ひとつはあまりに過密すぎるスケジュールだ。
この夏の欅坂のスケジュールを見るとなかなかゾッとするものがある。

 7月22日と23日は富士急ハイランドでの野外ワンマンライブ、その翌週29日は京都で握手会、30日は東京でサイン会が行われた(29日と30日は平手欠席)。
8月2日と3日は神戸ワールド記念ホールで全国ツアーのライブ、5日にはお台場で行われたTOKYO IDOL FESTIVAL 2017に出演し、9日と10日に福岡国際センターで全国ツアーのライブ。
12日に茨城県でROCK IN JAPAN FESTIVAL 2017に出演し、13日には愛知県で握手会、16日と17日に名古屋の日本ガイシホールで全国ツアーのライブが行われた。
これは客前に出るイベントだけのリストなので、これにリハーサルやレッスン、また、テレビやラジオの番組収録や各種メディアの取材対応なども含めるとさらに地獄のスケジュールとなるだろう。
しかも移動も多いので、そういった点でも体力的には厳しい。

 しかし、本当にキツいのはここから先だというから恐ろしい。
19日には千葉県でSUMMER SONIC 2017に出演、20日には大阪会場の同イベントへの出演が予定され、22日と23日はゼビオアリーナ仙台で全国ツアーのライブ、24日はパシフィコ横浜で開かれるセブンティーン夏の学園祭2017にゲスト出演、25日は朱鷺メッセ新潟コンベンションセンターで全国ツアーのライブ、そして29日と30日は千葉県の幕張メッセで全国ツアーのライブが予定されている。

 欅坂はセンターの平手に重要なポジションを多く任せているため代理を立てることが難しいという事情があるのも理解できるが、それにしても休ませるのが遅きに失した感は否めない。

 そして、もうひとつ彼女の体調に影響を与えていると思われるのが、6月24日、幕張メッセで行われていた握手会の最中にファンの男から発煙筒を投げつけられた事件だ。
イベントスタッフに取り押さえられた男はナイフを所持していたため銃刀法違反で現行犯逮捕された。
犯人の男は具体的な名前を出したうえで「思い描くイメージが崩れていくのが許せなかった。イメージを守りたくて刺して殺そうと思った」と供述。
明確な殺意をほのめかしており、状況が状況なら最悪の事態に発展していた可能性もあった。

 このような事件があったのにも関わらず、運営は握手会を強行。
翌25日の握手会も、平手を含めた数名の欠席を認めたものの握手会自体は中止せず、多くの批判が寄せられた。
しかし、その後も握手会の開催そのものを考え直すような行動はとっていない。
また、秋元康氏からこの件に関するコメントは特に出されていない。

 握手会での傷害事件といえば、14年5月25日に岩手県で行われたAKB48全国握手会でのこぎりを持った男が川栄李奈と入山杏奈と男性スタッフを切りつけた事件があるが、このときも秋元氏は沈黙。
6月13日、『テリー伊藤のフライデースクープ そこまで言うか!』(ニッポン放送)に出演したものの、事件について触れることはなかった。
結局、握手会再開が発表される前日の、6月29日付読売新聞の連載コラムに〈「夢をあきらめるわけにはいかない」。その信念から傷ついた彼女たちは立ち上がり、前に進んだ〉といったことを書くまで、コメントを出すことはなかった。
こういった状況が関係しているのかいないのか、今月13日放送『真夏の夜のセカオワ』(NHK-FM)でSEKAI NO OWARIのメンバーと対談した平手は「大人」というものについてこのように語っている。

「わかってくれる大人もきっといると思います。でも、だいたいが(わかってくれない)」
「ぜんぶ嫌いです」
「Fukaseさんが説教をしたくないってずっと言ってくださって。それが嬉しかったです。いつも大人に言われるがままの気分だったというか、自分の意見を大切にしていいんだなっていうこととか色々学びました」
「理由も聞かないであれこれ言われたり、あとは陰でこそこそ言われてるのがもう見えちゃってるので、はっきり言ってほしいですし、こっちの気持ちもわかったうえで大人の意見を聞いて一緒に話し合えたらいいのになぁって」
「なにも知らないくせに勝手に色々言われるのがすごい嫌で」

 現在高校1年生16歳の言葉とすると「中二病」「反抗期」などと矮小化されてしまいそうになるが、一度殺されそうになったのにも関わらずいまだに握手会への参加を強いられ、さらに地獄のスケジュールを押し付けられる身になってみると、その言葉の裏にある心労と周囲のスタッフへの不信感は察するに余りある。

 ご存知の通り、前田敦子はAKB48時代に現在の平手と同じように過大なプレッシャーと地獄のスケジュールを強いられていたが、そんな彼女は16日放送『前田敦子のHEART SONGS』(TOKYO-FM)のなかで平手の体調の件に触れ、このように語っていた。

「若いからね。そりゃ体調も崩すわ。みんなで是非ぜひ、みんなの声援でね、応援してあげてください」

 欅坂といえば、メンバーの今泉佑唯も今年4月に〈心身のバランスがうまくとれない〉(公式ブログより)として長期休業に入っており、最近になってようやく少しずつ仕事を再開できるようになった。
「奴隷」という状況に限りなく近い彼女たちのブラック労働は改善されるのだろうか?
posted by 隼太郎 at 04:38 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ラクトフェリンは私たちの健康に欠かせない様々な働きを持っています。
ラクトフェリンは出生後3日間の母乳に最も多く含まれ、免疫力が弱い赤ちゃんを守る働きをしてくれます。
特に注目を集めているのが「抗菌作用」「腸内環境改善作用」「ダイエット効果」です。
ライオンは、ラクトフェリンが内臓脂肪を減らすことを世界で初めて実証しました。
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内臓脂肪を減らすのを助け、高めのBMIの改善に役立ちます。